殻にひびを入れる

 今日はカウンセリングの日だった。いつも通り、午後3時にカウンセリングルームに行くと、カウンセラーに迎え入れられる。よろしくお願いします、じゃあどうぞ。とカウンセリングが始まる。

 

 「今日は2つ話したいことがあるんです。」

 ひとつめは自分がからっぽなんじゃないかと思うということ、自分の言葉が自分のものじゃないように感じられるということ。ふたつめは家族に対する怒りを適切に表現できていないがゆえに、家庭環境の不和に加担しているのではないかということ。カウンセリングでは傷に触れて、セラピーをしたい。私は後者を選び、話し始めた。

 

 私は状況を丸くすることに全神経をつかって生きてきた。父親は癇癪持ちで、いつ火がついて爆発するか分からないひとだった。母はそんな父を傍観し、子供たちを守れないひとだった。幼い頃の私は、私の身を自分自身で守らなければならなかった。それに収まらず、父に歯向かえない母や姉を守るべく、聞き役に徹したり、父のご機嫌取りをする子供だった。

 しかし、状況を丸く収めることは、果たしていい手段なのだろうか、と最近になって思う。沈黙が加害になることがあるように、家族のぶつかりを許さず、常に父のご機嫌取りをしている私も、父が牛耳る家庭環境に悪影響をもたらす気がしてならない。

 それに、私はもう限界だ。突然激高する父に対して、幼かった姉妹を見殺しにした母に対して、私と同じく両親にぶつかってこなかった姉に対して、怒りを感じているのだった。怒りは思考になって頭の中を汚い言葉で支配する。少しずつ吐き出していかないと、怒りに支配されて私自身がおかしくなってしまうように感じるくらい、私は成長したのだ。

 「もう悪い環境をつくることに加担したくありません。ひとりの人間として扱ってほしいし、私も両親や姉のことをひとつのかたまりとしてではなく、ひとりの人間として接していきたいんです。」

 カウンセラーに伝える。しばらくの沈黙。おもむろにカウンセラーが話し出す。

 「今まで内側に閉じ込めていた感情や考えを、開示していこうとされているんですね。接着剤でくっつけられているような家族関係の流れを断ち切って、ひとつひとつの事象として取り扱っていきたいという意思が垣間見えます。」

 私はいままで、状況を丸く収めようとするあまり、家族ひとりひとりの表情や顔や心情を見ることができていなかった。そういうことを反省して、ひとりの人間として接していきたい。

 

 「ご両親に自分の心情や感情を打ち明けたことはありますか。」

 確か3年前、父の母と姉への扱いが酷くて私が激昂したことがある。私は泣きながら5時間も父に語りかけ、それでも伝わらなくて、私の主張の正当性について反論されて悲しかった。

 「ところで、家族関係以外にも、状況を丸くしてしまうことはありますか。例えば友達とか学校での授業とか。」

 私は社交の場でも空気を読みすぎてしまう癖がある。少しでもパワーバランスがくずれようとしようものなら、たとえそれが間違っているとしても中々指摘できない。

 「今の話を聞いて思うに、貴方は関係の中で間違うことをとても恐れているように思います。」

 そう、私は間違うのが怖い。間違うのを許されてこなかったから。それでも、この先間違えないことはない。間違うのが怖くてなにもしないのが一番の間違いであることは分かりきっている。間違いに対する不安は付きまとう。それでも、私はもうコミュニケーションを取ることを怠りたくない。

 

 「ところで、今日のカウンセリングの始めに、自分の言葉が自分のものでないような気がすると仰っていましたよね。それはどういうことなんでしょう。」

 カウンセリングで話していたり、日記を書いたり、ブログを書いたりするとき、自分の気持ちと言葉を結びつけるのが難しいと感じることがある。どうやっても言葉では気持ちをトレースできない、そんな感じ。

 「誰かの日記を読んでいると、そんなふうに感情を言葉に乗せられるのか、と感心すると同時に、どうして私は自分の気持ちすら言葉に出来ないんだろうと悲しい気持ちになります。どうしても言葉で表に出したいと思うことが増えてきています。」

 「言葉にして感情や考えを表に出したい、ということは、貴方にとって大きな変化のように思います。今までなら殻に籠っていたのに、今は外に出したい。不安さはあるけれど、身の守り方が変わってきたように思います。今までなら内側に内側に置いておいたけれど、今は殻にいろいろなところから穴をあけて、世界の様子を探っているんですね。」

 それは成長です。カウンセラーが付け加える。私は思わず泣きそうになった。

 

 「今日は全く違うふたつのことを話そう、と最初に仰っていましたが、私は繋がっていることのように思います。だんだんご自分の意識が外側に向いてきて、いろいろな事柄に対応しようと努力されているように思います。だんだん活発になってきましたね。それは成長だと思うし、苦しいこともあるだろうけど、意識が内側に向いてパンクしそうになるよりずっといいと思います。」

 じゃあ今日はここらへんで。カウンセリングは終了した。

 

 カウンセリングで言われたことを反芻する。確か2回くらい前のカウンセリングで、厳格な祖父や、叔父に病気のことを打ち明けたいけれど怖い、という話をした。今までの私なら打ち明けようともしなかったのに。少しずつ、少しずつ心情が変化している。これも意識が外側に向き始めて、世界との接点を作ろうとしている証拠だろうか。私は晴れやかな気持ちで帰路についた。