頭も身体もつかいこなせ!(2026年9月3日の日記)

 Xのツリーで記述されている長い文章の文意が読み取れないと感じることが増えてきて、ぞっとしてスマホをベッドに向けて投げた。幼い頃は読書の虫で、国語系の科目は勉強をしないでもいい成績を収めていたのに。スマホで強い刺激を短時間で得られるようになってから、長い文章の文意を取って考えることはおろか、文章を通読することさえ辛くなっている自分を無視し続けていた。でも今日はまずいと思った。どうやって回復していけばいいんだろう。多分回復の段階は二段階あると思っている。ひとつ目は脳の状態をなるべく以前(文意を取れていた頃)の状態に近づけること。具体的な行動としてはいわゆるデジタルデトックスだろう。これは脳に不要な負荷を取り除くトレーニング。ふたつ目は文意を取ろうとすること。具体的な行動は文献にあたったり読書(をして要点をまとめたり)すること。これは負荷をかける方向のトレーニング。しばらくはスマホというか、報酬系に強い刺激を与えるものを遠ざけたい。具体的な方法は未定。

 なんでこんなに文章の意味を取ることに執着しているかというと、もっと先にある文章の意味同士を融合させて思考していきたいからだと思う。最近は卒業研究でもっぱら大学に入り浸っているけれど、統計ソフトとにらめっこしているだけで、これでは研究とは言えないと思っている。もっと文献にあたってインプットしたもので論理だててアウトプットしたいのに、論理だてはおろか文章を読み込むことすらできていない。これは統計ソフトと自分との相性が悪いせいで文献にあたる時間を食われているということもあるけれど、時間があったとて今の私の状態ではたくさんの文献の文意を統合して新しい概念を生み出すことはできない。かなり焦っている。

 あと、紙とペンじゃないと勉強や思考ができない体質だということに気が付いた。iPadにgooodnotesをインストールしてノートを取っていた時期もあったけれど、殴り書きにしては手に響いてくる感じもないし、綺麗にまとめても見返さない。そう、私はノートを見返すことが基本的にはないということに気が付いた。そもそもよくまとまっている教科書をまとめ直す意味が分からない。一冊の教科書の文章がしっくりこないなら、複数の教科書や参考書を参照して、自分に一番フィットする形(文章でもイラストでもいい)にしてその場で脳に叩き込んで、あとは道具としてぶん回していけばいいじゃないか。ここ数カ月、方法論に振り回されていたけれど、結局私は裏紙にボールペンで書き殴ることで脳に強烈に知識をたたきつけた後、すぐに道具として使うのが性に合っていると思う。思い返せば高校受験や大学受験も、この方法で乗り切っている。「道具として使う」というのが、高校までは問題集という心強い存在のおかげでできていたが、大学にあがると問題集なんてものは普通存在しないから混乱していたんだと思う。問題集に該当することは討論・議論だなと思う。そうとはいえ、栄養分野の知識については、管理栄養士国家試験の過去問の正文化に勤しむことである程度は付けられるだろう。

 

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 彼が奈良に遊びに来てくれた時に、靴下メーカーのSOUKIが催している靴下づくりのワークショップに一緒に行った。自転車で靴下を編む機械の歯車を回すというワークショップだったが、自転車をこいでいる最中の体調がすこぶる良くて、体調回復にはやっぱり運動かなーと思い、すぐにチョコザップの契約をした。

 チョコザップに以前入会したときは、脱毛サービスしか使わなくなったことがきっかけで辞めるに至ったのだけれど、気持ちを新たに入会し、最近は早起きが出来た朝に30分間ほどトレッドミルで歩くことにしている。先々週、調子に乗って筋トレもしたら、身体に疲労が溜まりすぎて生活に支障が出たから、うまく付き合っていきたい。万年運動不足、改善なるか。

やっと前を向けた(2026年8月15日の日記)

 6時の目覚まし時計の記憶を近くに感じながら目を覚ますと、すでに11時をまわっていた。なんだか夢をみていた気がする。どうしようもなく自分が無力に感じられるような。最近の目覚めはこんな感じなことが多くて、あまり良いとは言えない。

 起き抜けに顔を洗うことはすっかり習慣になり、そこに自分を手入れしているという気持ちが乗ることで、気分のいいものになっている。肌の調子に合わせて洗顔料を変える。今日は顎ににきびができる気配を感じたから酵素洗顔をした。

 昨晩作った「赤から」の鍋にうどんを入れて食べようと思い立ち、冷蔵庫に入れていた鍋を火にかける。うどんは電子レンジで温める。それぞれが温まったところを合わせて、丼に移そうとしたところ、熱々の汁をこぼし、あろうことか太ももにザーっと浴びてしまう。熱い!浴室に急ぎ、ズボンをはいたまま冷水のシャワーを当て続ける。やけどをしそうになった時の対処法を知っておいてよかった。その後保冷材で冷やしながらうどんを食べた。朝昼兼用とはいえ、一食目にしてはちょっと重かったな。シマチョウとか入っているし。

 寝坊した分を何とかリカバリーできないかと思い、大学に行くことにした。滞っている研究が来週の金曜までにはある程度進んでいる必要があるから。体調不良が続き、なかなか大学に足を向けられない日々で焦りも募っていたが、彼に励ましてもらってからはというと、気分が前向きである。

 作表するプログラムを書くのに2時間。悔しい。

 帰宅してシャワーを浴びて、NHKの音楽番組を観る。宮本浩次がNHKホールを駆け巡らないかどうか心配しながら。

 寝る前に湯船につかることで、深部体温を上げて下げる。睡眠が少しでもうまくいくように色々と作戦を練る毎日である。

 今日はこんな感じだった。やけどがあとにならなければいいな。

 

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 カウンセリングをしばらくやめようかと思う。今のわたしは、自分自身を信用できていない。そんな自分が、いくら自分を鼓舞しても嘘にしか聞こえない。

 「毒親」「機能不全家族」「複雑性PTSD」というような文脈にも飽きた。実際にそうなのかもしれない。だけど、今の私にはその治療に耐えうる体力と時間と安全がない。誰も信頼できる人が居ないここで治療をしたって、結局自己反芻的に考えがぐるぐると同じところを巡るだけだ。それはとても不健康なことで、とてもつらい。

 それに、簡単に他人の言葉に励まされてしまったということもある。彼に励ましてもらったことがすごく心に残って、それだけでも頑張れると思っている今、カウンセリングをはじめとする心理療法にどっぷりつかるのは、流れを壊すようで怖い。

 人間関係の中で生まれた傷は、人間関係の中で治していくほかないのかもしれない。だから、相談できる人が周りにいない今、一度撤退してもいいのかなと思う。

今度こそ手放さないように(2026年8月11日の日記)

 2日前まで彼も居た部屋で、ひとり暮らしを再開する。昨日は5日間の彼とのデートを経て、身体がとても疲れていたから、1日中眠っていた。今日から生活を再会する。

 ひとりでいると、独りぼっちになっていこうとする習性が自分の中にあることに気が付いた。だから、あまりひとりきりになることを避けようと思って、今日も外出することにした。

 デート中に自転車をこぐ機会があり、その時の体調がここ数カ月の中で最もよかったことが頭から離れなくて、日常で運動する機会を作ろうと、チョコザップを契約した。今日は、契約してから初めて足を運ぶ日。スマホに入館証のQRコードを表示して、入出すると、いかにも運動していますというような老人がトレッドミルにひとり、エアロバイクにひとり居た。丁度2人の間にあるトレッドミルを、消毒液で拭き上げてから、慣れない手つきで操作し、歩き始める。傾斜6、速度4。30分ほど歩いた後、肩甲骨当たりの筋肉を鍛える機械(名前を失念した)で適当に背中を鍛えた後、満足して退店。

 近くのシアトルズで考え事でもしようと、アイスアメリカ―ノを購入して席を取る。先週、映画館で大きな発作を起こしてから、もうすべて投げ出してしまおうかと思っていたところを、彼に励まされたおかげで、すこし気持ちが持ち直している。その気持ちを書き留めて、計画し、決断をいくつかして、退店。

 帰りにDAISOでホワイトボードを買ってきて、家に着いたら早速壁に取り付けた。シアトルズで立てた計画や、習慣にしたいことを書いておく。

 自分の生活の手綱を遠くに手放してしまい、体調を言い訳に流される日々だったところを、彼が手綱を取りに行って私に手渡してくれたような感覚。さて、拾ってくれたものとは言え、操縦するのはわたし。今日からどうやって前に歩いていこうかな。