Xのツリーで記述されている長い文章の文意が読み取れないと感じることが増えてきて、ぞっとしてスマホをベッドに向けて投げた。幼い頃は読書の虫で、国語系の科目は勉強をしないでもいい成績を収めていたのに。スマホで強い刺激を短時間で得られるようになってから、長い文章の文意を取って考えることはおろか、文章を通読することさえ辛くなっている自分を無視し続けていた。でも今日はまずいと思った。どうやって回復していけばいいんだろう。多分回復の段階は二段階あると思っている。ひとつ目は脳の状態をなるべく以前(文意を取れていた頃)の状態に近づけること。具体的な行動としてはいわゆるデジタルデトックスだろう。これは脳に不要な負荷を取り除くトレーニング。ふたつ目は文意を取ろうとすること。具体的な行動は文献にあたったり読書(をして要点をまとめたり)すること。これは負荷をかける方向のトレーニング。しばらくはスマホというか、報酬系に強い刺激を与えるものを遠ざけたい。具体的な方法は未定。
なんでこんなに文章の意味を取ることに執着しているかというと、もっと先にある文章の意味同士を融合させて思考していきたいからだと思う。最近は卒業研究でもっぱら大学に入り浸っているけれど、統計ソフトとにらめっこしているだけで、これでは研究とは言えないと思っている。もっと文献にあたってインプットしたもので論理だててアウトプットしたいのに、論理だてはおろか文章を読み込むことすらできていない。これは統計ソフトと自分との相性が悪いせいで文献にあたる時間を食われているということもあるけれど、時間があったとて今の私の状態ではたくさんの文献の文意を統合して新しい概念を生み出すことはできない。かなり焦っている。
あと、紙とペンじゃないと勉強や思考ができない体質だということに気が付いた。iPadにgooodnotesをインストールしてノートを取っていた時期もあったけれど、殴り書きにしては手に響いてくる感じもないし、綺麗にまとめても見返さない。そう、私はノートを見返すことが基本的にはないということに気が付いた。そもそもよくまとまっている教科書をまとめ直す意味が分からない。一冊の教科書の文章がしっくりこないなら、複数の教科書や参考書を参照して、自分に一番フィットする形(文章でもイラストでもいい)にしてその場で脳に叩き込んで、あとは道具としてぶん回していけばいいじゃないか。ここ数カ月、方法論に振り回されていたけれど、結局私は裏紙にボールペンで書き殴ることで脳に強烈に知識をたたきつけた後、すぐに道具として使うのが性に合っていると思う。思い返せば高校受験や大学受験も、この方法で乗り切っている。「道具として使う」というのが、高校までは問題集という心強い存在のおかげでできていたが、大学にあがると問題集なんてものは普通存在しないから混乱していたんだと思う。問題集に該当することは討論・議論だなと思う。そうとはいえ、栄養分野の知識については、管理栄養士国家試験の過去問の正文化に勤しむことである程度は付けられるだろう。
🍑
彼が奈良に遊びに来てくれた時に、靴下メーカーのSOUKIが催している靴下づくりのワークショップに一緒に行った。自転車で靴下を編む機械の歯車を回すというワークショップだったが、自転車をこいでいる最中の体調がすこぶる良くて、体調回復にはやっぱり運動かなーと思い、すぐにチョコザップの契約をした。
チョコザップに以前入会したときは、脱毛サービスしか使わなくなったことがきっかけで辞めるに至ったのだけれど、気持ちを新たに入会し、最近は早起きが出来た朝に30分間ほどトレッドミルで歩くことにしている。先々週、調子に乗って筋トレもしたら、身体に疲労が溜まりすぎて生活に支障が出たから、うまく付き合っていきたい。万年運動不足、改善なるか。