果汁ポタリ(2026年6月28日の日記)

 instagramで土井善晴がライチの写真を投稿していたのに感化されて、昨日6個税抜598円のライチを購入した。体験料と思いながら。ライチは食べたことが無い。地元の神奈川県の企業である崎陽軒はこの時期に生のライチを店頭で取り扱っているらしいと、生物群さんのXのポストで知った。ライチの皮はとげとげしていて、皮の硬さがよくわからない。はじめ包丁を持ったものの、思っているよりむにむにとしていたから、ヘタの部分に狙いを定めて力を入れた。そしたらぺろぺろと剥ける。味はむわっとあまく、香りは香水のような少し化学的な感じ。わたしは好き。

 カフェで読書をして、隣の通りのDAISOに向かう道中、3歳くらいの子供と母親の横を通った。「あと少し歩いたらつくけど、がんばれる?」「ぼくもうがんばれない…」振り向くと抱っこされている子供。幼少期の自分を思い出した。歩くのが嫌いで、抱っこが大好きだった。新居近くの幼稚園の見学に行った帰り、もうあるけない、と思ったわたしに母はヤクルトを買ってくれた。これを飲んだら頑張れると言ったらしい。案の定帰りの電車で眠ってしまい、帰り道は抱っこで帰ったらしい。涙をこらえながらDAISOに向かう。母親を信頼しきっている子供と幼少期の自分をどうしても重ねてしまった。まっすぐすこやかに、そしてしなやかに育ってほしい。

20260219

 この10日間ほどは、研究室の課題に追われたり、研究室訪問の準備をしたりで、自らの精神面に触れることなく(あるいは無視して)過ごしていた。期末試験のための勉強とは違い、探究活動といったような勉強(リサーチかも)をしていると、前者では心が貧しくなる感覚があったのだが後者ではどんどんと力がみなぎってくる感覚があった。評価から解き放たれたとき、私は一番輝く。

 進学のことで相談したいことがあり、指導教員のもとを訪ねた。外部の大学院に進学することを正式に許可いただいた。指導教員は私の体調のこともよく心配してくださっていて、「あなたは優秀なのはもう分かっているし、頑張りすぎるのもわかっている。卒論を書く1年間は、あまり思い詰めることなく60%くらいを保って、細く長く続ける練習をすると思って過ごしましょう。」と仰ってくださった。私が優秀かどうかは定かではないけれど、このような激励をしてくださったのが、私のこと置き去りにしないでくれるんだ、と思って嬉しくて胸がいっぱいになった。この嬉しい気持ちで気分が舞い上がって、帰省先へのお土産を買いまわったり、家事をわーっと片付けたり、ちょっと躁状態だったかもしれないけど、まあいいや。見てくれている人がいるという事実が嬉しかった。

20260207

 気分が高揚している割に身体を動かすのが億劫というよくわからない状態がここ数日続いている。そのせいで暇なので、スマートフォンの画面をひたすらにスワイプしている。何を見たかは何も覚えていない。脳を処理落ちさせることで孤独感などを紛らわせたいのかと思っている。

 本当に自己憐憫をやめたいのだけれど(周りからしたら鬱陶しいので)、なんだかんだ縋ってしまう癖みたいのがここ数年でついてしまったので、すぐには難しい。今受けているカウンセリングがひと段落してその記録を形にしたらスパッと辞めたいと思う。「20歳以降の顔つきは自分の行動の表れ」みたいな言葉があったと思うんだけれど、このままだと自己憐憫に塗れた愚かで自己中心的な人間の顔つきになりそうで怖い。ところで、私は自己中心的な人間になるのを恐れている節がある。利他的でいたいことの裏返しでもないような気がする。その証拠に、利己的な人間を見ると腹が立つし、軽蔑する。なんでかは分からないが、しいて言えば、幼少中とお調子者や愚か者の尻ぬぐいをしてきた(させられてきた)という自認があるからかと思う(これは自己中心的な解釈です)。

 最近休学中につけていた記録(写真・日記・ブログ・LINE)を見返すのが面白い。その中でも、トマトパスタの写真が最も印象的だった。トマトパスタは、料理を楽しいと思えるきっかけになったものだったと思いだした。写真に残っているだけでも10回は作っている。当時、料理が出来ない・下手と思っていた(今思えば食物栄養学科という特殊環境下に身を置いていたせいで周囲の料理の腕が自分に比べて高いというだけだったのだが)ので、料理をしたくなかった。見るのも嫌で、instagramで料理の写真がなるべくレコメンドされないように、ひたすらコンテンツ設定をいじくっていた。それほど料理に対するコンプレックスが肥大していたときに、たまたまインターネットでトマトパスタの作り方の記事を見て、つくろ、と思ったのだった。これならできるかもと思ったのかもしれない。簡単な手順を踏んで作り、食べてみたときの感動を忘れられない。たしか留守番をしていてひとりで食べていたのだけれど、あまりの美味しさに外出先の両親にLINEをしたような気がする。こんなことを思い出しながら、いろいろなものを作ったり書いたり撮ったりすることが、作業療法的にはたらいていたのかな、と思う。

(トマトパスタのサイト。まだリンク切れてなかった!)