Out Of The Woods

ラブリーサマーちゃんのライブ「(Tour For Walking) Out Of The Woods」大阪公演に行った。

 

ラブリーサマーちゃんが大阪でライブをするのは知っていた。実験や実習のスケジュールが変則的で、その日に予定が入るかどうかが分からず、参加を見送っていた。その事を特に気に留めてもいなかったのだが、ラブリーサマーちゃん本人の宣伝により、28日にライブがあることを改めて知った。カレンダーを見る。なんと実習が休講で1日予定が何も無いではないか。これは行かないといけない。次の瞬間にはイープラスのアプリを開いて、チケットを取っていた。(ラブリーサマーちゃんの宣伝があったから行けた。全然ダサくないよ。ありがとう。)

 

ラブリーサマーちゃんのミニアルバム、「(Song For Walking) Out Of The Woods」は「健康と内省」をテーマにしている。前作からコロナ禍を経て4年半ぶりにリリースされた今作。

 

ラブリーサマーちゃんを知ったのは、メンタルヘルスの不調を抱えて大学を休学していた2019年。たまたまYouTubeで「あなたは煙草 私はシャボン」を聴いたのが初めてだった思う。それから音楽を聴き、インタビューを読み、ラブリーサマーちゃんの虜になった。「THE THIRD SUMMER OF LOVE」は、私が初めて買ったCDである。何者にもなれない私たちに迫る何者ビジネスに異議を唱えている「AH!」という楽曲から始まる。この曲を聴いてから、ラブリーサマーちゃんは楽曲においても人柄においても信頼に値するという印象がある。

 

私のメンタルヘルスの不調は、コロナ禍に入ってからも続いた。ただでさえ人と接するのがだんだん怖くなっているのに、covid19にかかるという不安も相まって、私はすっかり神経質に、閉じこもるようになってしまった。そんな時に、私が唯一社会とつながった気になれるのが音楽を聴くことだった。SNSをやったりもしていたけど、そのままの私でいても大丈夫だったのが、音楽を聴くときだけだった。その音楽の中でも、心を突き動かされるのはラブリーサマーちゃんの音楽だった。

 

一度復学したけれど、まだコロナ禍は続いていて、人に会うことが怖くて仕方なかった。そんな状態で長く続くこともなく、私は2回目の休学を余儀なくされた。

 

私はこれから先、どうしたらいいんだろう。仕事はできるんだろうか、大学は卒業できるのだろうか、ひとりで、生きていけるのだろうか。

そんな自問自答が続く毎日だった。当然何も見つからなかった。私は、私が休むことを許せなかった。自分に価値がないことを信じた。信じ続けていた。私の不調は深まっていった。

 

そんなときに、ちょっとでもよくなりたくて、散歩をすることにした。風が耳をなでる音、鳥のさえずり、木々の揺らめき。ああ、世界は開かれている!私なんて、私の悩みなんて、宇宙にとっての流れ星のように、取るに足らないことなのかもしれない。そう思えた自分が嬉しかった。

それから散歩を毎朝の日課にした。地面から伝わってくる自分の力が、日々強くなっていくことを感じた。私は、少しずつ良くなっている!そう信じることができる自分を信じていける。私は2回目の復学を決めた。

 

復学して1年経つ。そんな時に、ラブリーサマーちゃんの新譜が出ることを知った。「(Song For Walking) Out Of The Woods」。ラブリーサマーちゃんもこの4年間はメンタルヘルスの不調を抱えていたことを知った。そして、散歩に関する楽曲を書いていた。私の4年間にラブリーサマーちゃんの楽曲が重なる。この4年間、やってきたことは間違いじゃなかったのだと言われたような気がした。

 

"本作『(Song For Walking) Out Of The Woods』は、コロナ禍での深い〈内省〉から〈散歩〉を経て〈再生〉していくラブサマちゃんの私小説的な作品だ。"

“1人で休み、散歩をして、〈やっぱり他者が必要だった〉と徐々に気付いていく――そんな物語は、いつの時代にもきっと当てはまる。”

 

2025年4月28日。ラブリーサマーちゃんのライブを観に、梅田シャングリラまで向かう。

会場に入ると、鳥のさえずりが聞こえ、森のようなセットが組まれている。今日、ラブリーサマーちゃんの曲を聴いたら、本当にこの森、メンタルヘルスのの不調、危機的状況から脱することができる気すらしてきた。そんな期待に胸を膨らませていたらライブが始まり。ラブリーサマーちゃんが登場する。ほんものだ!

楽しそうに演奏するラブリーサマーちゃんとバンドメンバーたちに、自然と身体が動く。会場の音が蠢き、その力が身体中にみなぎってくる。

 

“このメロディが歌えてるうちはきっと大丈夫と言って欲しいのです”

このフレーズでラブリーサマーちゃんの涙が見えた。その涙に、ラブリーサマーちゃんの4年間、そして私の4年間も見えたような気がして、つられて涙を流してしまった。

 

私は、自分自身に価値があるかどうかは分からない。でも、ラブリーサマーちゃんの曲を聴いている間だけは、ただ自分を普遍的な存在であると認めることができる。そこに価値の有無はない。

それでも、ラブリーサマーちゃんは愛おしそうな目線を客席ひとりひとりにむけて、こう言った。

「皆さんには、価値があります。」

 

私には自分自身の価値を認められる日が来るかはまだ分からない。それでも、皆に生きている価値を与え、今日価値があると言ってくれる人がいた事を忘れたくない。

ラブリーサマーちゃん、価値があるって言ってくれてありがとう。

 

Out Of The Woods 

大丈夫になる、危機的状況を脱する

 

2025-04-28